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2017年8月25日金曜日

嫌われる勇気。かんたんな雑感。

後れ馳せながら、一時期話題になった『嫌われる勇気』を読んだ。
嫌われる勇気というタイトルからはその真意がわからなかったが、かなり興味深い内容だった。ぼくなりに感じたことをまとめておこうと思う。


他者に嫌われないために生きる

人目が気になって仕事に集中できないとか、気をつかって疲れるとか、ストレスがたまるってお話はよく聞く話である。

また、仕事の目的が如何に怒られないか、嫌われないか、如何に優秀そうに見せて気に入ってもらえるかに終始している人は多い。仕事の目的のベクトルが自分に向いているから、なかなか成果に結びつかない。

頑張ってはいるけど、いつまでも報われない。とかく、そういう人は人生に疲れ切っていたりする。

嫌われないために自分を偽る

そして、生きることが嫌われないためになってしまうと、たいてい、そこについて回るのが、自分を偽るということだ。

ムカつくけどいい顔する。構ってほしいけど強がる。できないと思うのに、できるという。などなど。どんな反応をするかは人にもよる。

つまり、感情と行動が一致してない状態。これが続いていくと、もちろんのこと、疲れていってしまう。自分を偽って演技をし続けなければならないからね。

そして、生きづらい人生がずっと続いていく。

嫌われる勇気をもつことで自由になれる

そこで登場するのが、〈嫌われる勇気〉という考え方なんですね。

演技をしてストレスを溜めたくない、もっと自由に生きたいのなら、言行一致させるほかありません。

ですが、そうするともちろん自分の意見や主張に賛同しない人や、反対してくる人もいるでしょう。ここで、反対する人がいたとしても、彼らは彼ら。私には私の意見があるのだ、と割りきる勇気のことを〈嫌われる勇気〉と言っているんですね。

僕たちは〈嫌われる勇気〉をもつことで、本当に自由に生きることができる。他者に支配されない、干渉されないような人生を。

このように、自己実現を促すような支援をしていきたい、それが僕の最近のねがいです。

なんだかモヤモヤしている方。
つらいことが多いと嘆いている方。
いつも不安に苛まれている方。
少しでも自分を変えようと思う方。

そうした方に、お勧めしたい一冊ですね。


人生はなるべくしてなるように展開している。

2017年2月10日金曜日

生きづらさ脱却のための”フリーチャイルドの解放”とは?

生きづらさを感じる人がこんなにいるのか、と気づかされたのはぼくが仲良くしている後輩との出会いがきっかけだった。当時の彼は、自分の長所をひとつも語ることができなかった。ぼくは彼の長所をいくつも上げることができたのにも関わらず。

ぼくはどちらかというと自分のことが好きで、自己肯定の感覚のある方だと思う。そのため、このときはじめて、人の自分自身に対する見方はこんなにも差があり、自分を肯定的に認められないのだ、ということを知ったのだ。

今日は生きづらさ脱却のための”フリーチャイルドの解放”というキーワードを紹介する。



■フリーチャイルドとは自由な子どもの心!

フリーチャイルド(Free Child)は、アメリカの精神科医であるエリック・バーンが創始したとされるTA心理学(Transactional Analysis Psychology)の、エゴグラムという診断ツールに登場する用語だ。

エゴグラムは、ぼくたちの心の中には”5人家族が住んでいる”という前提にたっており、厳しい父親、優しい母親、大人、自由な子ども、従順な子どもが登場する。そして、この5人家族の登場頻度が人それぞれ違い、その違いが物事の捉え方の多様性を生み出していると考える。

そして、フリーチャイルドは、そう、この”自由な子ども”を指している。
このエゴグラムという診断は無料ツールもたくさんでているので、ぜひ一度試してみてほしい。


■生きづらさの原因である厳しい父親と従順な子ども

結論から言ってしまうと、厳しい父親と従順な子どもの登場頻度が高いと生きづらさを感じてしまうのだが、なぜだろうか。

厳しい父親の登場頻度が高い人の特徴は、”べき論”や”ねば論”が強いことにある。たとえば、「男は●●であら”ねば”ならない」、「仕事は●●す”べき”である」と考える。ある物事を白黒で考える癖があり、良し悪しをつけたがり、たいていの場合、責任感が強く、自分に厳しい方が多い。

そして、従順な子どもの登場頻度が高い人は、自分を抑え、言いたいことを言わず、人に従う傾向がある。例えば、八方美人の人はこれにあてはまる。言いたいことがあってもぐっと我慢する。そして、ストレスを溜めて爆発してしまう。そして、そんな自分が嫌になる。


■自分に縛られるのが厳しい父親、他者に縛られる従順な子ども

生きづらさを感じやすい理由は、何かに縛られているという感覚から生まれます。

厳しい父親は、自分自身の”べき論”、”ねば論”に縛られている。そして、このふたつの”論”は両親から植えつけられたものが多いのだ。本当の自分自身を偽っても、この”ふたつの論”に従って行動しようとする。

逆に、従順な子どもは他者に縛られている。相手が怒らないか、嫌われないか、役に立たないと思われないか、などを気にしながら行動してしまう。もちろん、従順な子どもも親の影響を受けています。従順になることによって、親が喜んでくれたという経験が従順な子どもを強化したと言える。

いづれにしても、何かに縛られているから生きづらさを感じるのだ。


■救世主の自由な子ども

そして、いよいよ登場する自由な子どもは、この縛りという閉塞感を打破してくれる救世主だ。

自分が好きなことを追求する。誰からも干渉されずに行動する。言いたいことを言う。それができるだけで、人生は少なからず変わる。気持ちが晴れ晴れする。

自由に振舞うことで、孤独を感じたり、仲間はずれにされたりすることもあるのだが、そうしたネガティブな経験よりも得ることが多いというのが私の実感だ。

ぼくはエゴグラムの診断では自由な子どもが高い数値になる。現実、どちらかといえば自由に生きている。それでも、仕事はうまくやれている(はずだ)し、誰かに嫌われることもそんなにない。自分らしく生きることで失うことはあまりない。


生きづらさ脱却のためには、この”フリーチャイルドの解放”が重要なのだ。
自分に素直になって行動してみるということ。束縛から逃れること。



人生はなるべくしてなるように展開している

2017年2月9日木曜日

人材は能力開発だけではない!発達という新たな視点を考える

日々、人材開発のコンサルタントとして、教材開発から研修実施、コンサルテーションを行っている私ですが、最近注目しているのは、人材の”発達”という視点です。

構成主義的発達心理学という領域になりますが、これがまた非常に興味深い。発達を成し遂げることがすぐに幸福につながる訳ではないですが、発達段階の高いリーダーは、高い成果を出すことが、わかっています。(参考:『行動探求』




◆キーガンの発達の5段階

成人の発達心理学においては、アメリカンのロバート・キーガンという教授が有名です。氏は『人と組織はなぜ変われないのか?』を書いています。

キーガンの要諦はこうです。人の発達には5段階あるということ。

2段階 手段・道具的段階
3段階 他者依存段階
4段階 自己著述段階
5段階 自己認識段階

この段階が上がればあがるほど、広く高い視野で物事が見え、ジレンマを統合し、複雑な状況において最適解を見出すことができるそう。

個人的には、この人材の発達は、セルフ・エスティームという自己肯定感に密接に関連があると思っています。アダルト・チルドレンや愛着障害といった症状に悩まされている方にも適用でい、解決策を提示してくれる研究領域でもあると思います。


◆各段階の特徴

各段階の特徴を大まかにいってしまうと、

2段階 手段・道具的段階においては、自分自身の欲求を満たすために、他者を手段や道具としてみなします。他者の欲求を退けるのです。弱肉強食の価値観を持ち、職場では出世第一主義に動くような人のことです。

3段階 他者依存段階は、自分自身はこういう人間であるといった自己イメージを形成するために、組織や他者に依存します。つまり、他者に奉仕することによって、自己の存在意義を見出す傾向にあります。

4段階 自己著述段階は、組織や他者に依存せずに、自分自身の価値観を明確にできる段階です。この段階にきてようやく、他者を同僚や仲間、協力者とみなします。3段階においては、他者は自己イメージを明確化する手段としてみていません。しかしながら、自分自身の価値観に縛られており、その価値観と異なる価値観から学ぶことができません。

5段階 自己認識段階は、自分自身の価値観の限界に気づき、絶えず、自己を更新し続けます。そのため、他者は自分の考えを広げてくれる存在となります。適度に指摘を求め、自分自身の限界に敏感であることをよしとします。


◆自己肯定感が高くなければ、4段階より上の発達段階にたどり着けない

自己肯定感は自らの持論をつらぬく強さの土台です。自らを信頼し、揺るがず、他者に依存していないという意味で自立した存在ということになります。

そして、この精神的な自立なしに、4段階目の移行はありえません。”発達”という観点でも、やはり自己肯定感は大事なのですね。



人生はなるべくしてなるように展開している

2015年4月1日水曜日

自分の気持ちがわからない人の心理 ~自分の心の声に耳を傾ける~

自分の気持ちを表現できない人がいる。

深い話ができない、心のやりとりができない。本当にわかりあえる人がいない。

なぜ、そうなってしまうのか。

端的に言えば、それは「自分がない人」たち。自分の気持ちを表現できないのではなく、そもそも自分というものがない。それは「自分=他者」だから。

人の気持ちをくみ取ることが自分の原動力になってしまうから、自分を形成することができない。自分が育ってこない。だから、何かの議題に対する意見は言えても、自分の心や感情を表現することはできない。なぜなら、「自分=他者」だから。

「自分」はいつも二の次。「他者」が最初。自分の気持ちを押し殺して、「他者」に貢献しよう、好かれようとするから、どんどん「自分」は忘れ去られていく。気づいた時には、自分がどこにいるのか、本当の自分は何者か、何をやりたくて何をやりたくないのかがわからなくなっている。

自分の気持ちがわからない人とは、生きづらさを抱えている人たちのことなのだ。



■自分の気持ちがわからなくなる背景には「自信のなさ」が存在する


自分の気持ちがわからなくなる、表現できない、口にすることが憚られる人は自分に自信がない人が多い。「こんなこと言ったら馬鹿にされるのではないか、嫌われるのではないか」、「こんなことしたら怒られるのではないか」といった心の声が、本人が認識していてもいなくても、心の底で渦巻いている。

要は自分がどこか嫌いなのだ。

どこかで自分を責め、自分を憎み、敵意を抱いている。

こんな自分だから、誰かに尽くすことで認めてもらいたいというのが彼らの原動力になっている。八方美人という言葉があるが、それは彼らのことを指している。人にいい顔をすることで、気に入られようとする。本心は見せずに、相手にあわせた行動をする。



■自信のない人は、「いい人」に見えて、本当は敵意を抱えている


自分を成りたたせるために、他者に尽くすということは非常にエネルギーを要する。いつも他人の顔色をうかがい、アンテナを高く張りつめている。結婚していても、そういう人には心の休まる時間がない。だから、疲れやすい。でも、誰かに何かをしていなくては不安で、エネルギーが尽きるまでにせっせと行動している。

そういう人はたいてい「いい人」だ。配慮があって、優しい、みんなから好かれている。でも、心の中には敵意と憎しみが渦巻いている。

彼らは「いい人」を「演じる」ことで、他者からの見返りを求めてる。称賛されたり、褒められたり、いつも自分を認めてもらいたいという欲求に駆られている。称賛されていたり、褒められていたりしているうちは彼らの心は満たされるが、それがなくなると途端に欲求不満になる。「わたしはこんなに頑張っているのに」、「わたしは自分をここまで犠牲しているのになんでわかってくれないの」といった心の声が湧き出て、それは敵意や憎しみに変わっていくのだ。



■それでも敵意や憎しみは押し殺され、声になることはない


自分を押し殺すというのは日本人の美徳のように感じられるかもしれないが、それは精神衛生上、あるいは心的発達という観点からすれば害悪でしかない。

押し殺した自分の感情は敵意や憎しみに変わる。それでも、相手に嫌われたくない、認められたいという欲求が強くて、敵意や憎しみさえも声に出すことができない人もいる。だから、その心の声は内側に向く。自分を責めるからますます自分を責める、ますます自信がなくなる、こうしたスパイラルから抜け出せなくなる。

感情はカタルシス。自浄作用だ。吐き出さなければ、自分が綺麗になることはない。悪意や憎悪にまみれていってしまう。

「いい人」の多くは、外見からはわからないが、心の底で敵意や憎悪に満ちているのだ。



■「いい人」を演じているうちは、心から好かれることもない


「いい人」は一見、誰からも好かれる人のようにみられることが多い。それは事実だろう。しかし、質的にみれば表面的に好かれているだけだ。「いい人」は自分を見せない。だから、本当の意味での人間的な魅力を感じることができない。

むしろ、そういう人たちは騙されてしまうことも多い。相手に認められようとするあまり、相手の善悪を判断する能力が養われていない。甘い言葉を言ってくれる人は「大好き」となってしまうから、簡単に騙されてしまう。逆に、彼らを思って厳しいことを言ってくれる人のことは「こんなに頑張っている自分を批判してくる嫌な奴」となってしまう。だから、一向に自分が成長していくことはない。

彼らを取り巻いているのは、表面的でうわべだけの付き合いだ。でも、取り巻きが多いことで癒されているような気になっている。パーティーや乱痴気騒ぎの好きな人はこうして自分を慰めている人が多い。でも、そこに心のやりとりはいっさいない。



■心のやり取りができないから親密な関係にある人が離れていく


友人や同僚との関係性においては、表面的でうわべだけの付き合いでも許されるかもしれないが、恋人やパートナーとなるとそうはいかない。一緒に生活をともにしていこうとすれば、ライフイベントのどこかで重要な意思決定をしていく必要が必ずでてくる。

そうした時に彼らは自分の意見を言うことができない。お互いの意見を言って妥協するという建設的な人間関係を構築するプロセスを踏むこともできないし、もう一方が何かしらの意思決定をすることになる。

そこで何が起こるか。彼らは心の底で「不満」を抱いてる。意見を言わないと決めたのは自分なのに、相手が決めた意思決定や方向性に心から納得できないのである。そうした不満を隠し通せる人もいれば、隠しきれない人もいる。

一番やっかいなのは、隠しきれない人が不満を行動であらわしたりすることた。急に態度を硬化させる相手が何を考えていて、なぜ、そうした態度を取るのかもわからない。聞いても彼らの口からそれが表現されることはない。何となく相手にとってみれば、「心のやり取りができない人」、「急に態度を硬化させるヒステリー」のように見えてしまう。

結局は、最初は何とか理解しようと思っていた「心ある」人が彼らから去っていく。



■心の負債は取り返しのつかない事態を招く


心の負債は徐々に彼らの心をむしばみ、人間関係をむしばみ、なぜかわからないけど物事がうまく進まなくなってしまう。こうなると何が何だか余計にわからなくなってしまう。「自分はこんなに頑張っているのに」という気持ちも果てには弱くなり、未来に希望が見いだせなくなるのだ。

この先にどういう事態が待っているのかは、言及はしないでおこう。皆さんもうすうす感じていることだろう。

心の負債はすべてを八方ふさがりに追い込んでしまう爆弾であることを理解してほしい。そして、抱えた負債は複利で大きなり、気づいた時には返済不能となってしまう。




■そのままの自分を認めてあげあること


これまでの研究によると、彼らは「無償の愛」を受けたことがないなどと言われる。ありのままの彼らを愛してくれる人がいなかったのだ。我慢をすることでしか愛されなかった過去がある。

そして、この呪縛から抜け出すためには、自分自身がまず自分を認めてあげることだ。自分の心を聞いてあげること。そのままの自分を自分が好きになってあげること。

大人になって「無償の愛」を求めることはほとんど不可能だ。可能だとすれば、心あるパートナーに頼るしかいないだろう。だからこそ、自分が自分をほめてあげる、認めてあげる、好きになってあげることが必要なのだ。

「こんなに生きづらい人生をよく頑張って生きてきたね」、「今日も一日お疲れ様!よく頑張ったね」、と自分に声をかけてほしい。



■少しずつでも心の声を発信していく


いきなり自分の気持ちを他者に言えないという人は、「出さない手紙」を書くことをおススメしている。日記でもいいだろう。まずは、自分の心の声を素直に書いて、自分自身を再発見する必要性がある。自分を再発見することができなければ、いつまでたっても「自分=他者」になってしまうのだから。

注意してもらいたいのは、自分が感じたくない感情も出てくるかもしれない。その時に、それをありのまま認めてほしいということだ。「いい人」は敵意や憎しみといった心の負債が渦巻いている、それでもそれが自分であるということを認め、それを自分が受け止めてあげること。そこからがスタートになる。

そして、自分を再発見できら、自分の気持ちや感情を少しずつ発信していく。怖がることはない、もし、自分の気持ちを発信して聞いてくれない、あるいは、馬鹿にするような人がいたら、そういう人たちはもともとつき合う必要のない人たちだからだ。自分の心の声に耳を傾けてくれる人と付き合うこと。時に、耳に痛いことを言ってくれる人を信頼すること。

そうすることで必ず道は開ける。




自分を嫌いになる人は、他者も嫌いである。

自分を許せない人は、他者も許せない。

自分を愛せない人は、誰も愛せない。


まずは、自分が自分を認め、好きになってあげること。





思想を体現する。

2015年2月27日金曜日

愛着理論とは何か? ~育児における感情的な結びつきの重要性~

■愛着理論とは?


愛着理論は、特に長期間にわたる関係性や絆にフォーカスしている。たとえば、親と子の関係や配偶者などパートナーなどだ。英国の心理学者ジョン・ボウルディがはじめて提唱した。彼は、愛着を”人間のあいだに横たわる永続する心理的結びつき”だとした。

ボウルディは、母親から子供が離されたときに感じる不安や苦痛に興味があったり、当時の行動主義の学者は愛着は食事を与えることで生まれるものであると考えていたが、結局は、食事を与えることだけでは不安はなくならなかった。心理的な結びつきが重要だったのだ。




■愛着とは?


愛着とは何か?愛着は他者との感情的な結びつき・絆のことである。

ボウルディは、生まれた直後に介護者と結ばれた結びつき・絆は人生を通じて大きな影響を与えることを発見した。そして、愛着は子どもが母親に近づくことで生存率も高まるのだと考えられるようになった。


■愛着の4つのスタイル


その後、ボウルディの研究を基礎としてエインズワースは、大きく3つの愛着スタイルが存在するとした:安定型、抵抗/両価型、回避型だ。その後、メーンとソロモン(1986)によって、「混乱型」が加えられた。

エインズワースの研究は多くの学者に引き継がれることになった。


■愛着の形成段階とそれを促すもの


シャファーとエマソン(1964)は多くの愛着関係を分析し、愛着には4つの段階があるとした。①前愛着(生後3か月まで)、②愛着形成(生後7か月まで)、③明確な愛着(生後7~11か月)、④多様な愛着(生後9か月以降)である。

このプロセスは直線的に形成されるとは限らず、いつどのように愛着が形成されるかには多くの要因が関係している。

そのひとつは、愛着に触れる機会があるかどうかだ。孤児院で育てられたような、母親に触れられていない子供は信頼感をおぼえることはない。

母親がすぐに、安定的に応答してくれたとき、頼ってもいい人がいるということを子どもは悟るのだ。そして、それが愛着形成の基盤になる。


母親がそばにいること、そして、母親が安定的にすぐに応答してくれるということは愛着形成には欠かせないのである。



思想を体現する。


【参照元】
What is Attachment Theory ? The Importance of Early Emotional Bonds
http://psychology.about.com/od/loveandattraction/a/attachment01.htm

人生を決めているもの。住宅と街並みとぼくの視線から考える人生論。

  家づくりを検討しはじめて約2ヶ月。あれだけ回避していたローンのリスクを受け入れて、家を建てることに決めた。日本の一戸建ての寿命が30年のところ、90年もつ家を建てることを知ったのが大きなきっかけだった。90年もてば3歳の息子も死ぬまで住むことができるだろう。それならローンを組...