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2017年2月8日水曜日

自己肯定感を高める日記の効用

本当に久々になりました。
ライフ・レッスン・ログ。

ブログを書くのをやめてから、1年半。いろいろなことがありましたが、また定期的に更新していこうと思います。

今日は日記を書くことについてです。



◆日記を書くことが自己肯定感につながる

日記を書くことには、あとで過去を振り返るための自叙伝をつくることのほかに効用があります。

自分のことを考える時間が確保できることによって、自分の感情に気づくきっかけができたり、なぜ、そのような感情をもったのか、それが自分の生い立ちと何かしらの関係があったり、自分に対するアンテナが敏感になります。

この自分自身にアンテナが立っている状態は、つまり、ありのままの自分自身を認めてあげる行為であるとも言えます。自分を大切にするということにつながるということですね。ですから、日記を書くことはそのまま自己肯定感を高める作用があるということです。

私自身も、辛い出来事が重なったとき、よく書いてました。自分の心の整理、気づき、新しい自分を作っていくために。


◆現代人は自分を振り返らない

ですが、皆さん、ふりかえってみるとどうでしょうか?
自分のことをそのまま認めてあげる、または、一日を振り返り時間をどれくらいとっているでしょうか?

寝る寸前までテレビを見ている、スマホを見ている、電気を消したら即意識不明。といった感じで、多くの人が自分を振り返る時間を取っていないように思います。

ちなみに、すでにお亡くなりになられていますが、哲学者の今道友信氏は、現代人が自分を振り返らなくなったのは、”電気”が発明されたからであると言っていました。電気がない時代は、夕食を食べて日が暮れてしまったら、床について、今日一日を振り返ってから眠りについたそうです。それと比べるとどうでしょう?いかに、自分の振り返りをしていないか。


◆具体的にどのように日記を書くのか

自己肯定感を高めるための日記の書き方で、おすすめは次の3ステップです。

①何が起こったのか
②どのような感情をもったのか
③なぜその感情をもったのか

まず、今日1日で起こったのうち印象的な出来事を書き出します。事実をそのまま書き出していきましょう。

そして、それぞれの出来事が起こったときに、自分はどう感じていたかを考えてみましょう。嬉しい、悲しい、寂しい、楽しい、どんな感情でも構いません。このステップで重要なのは、書いているうちに、感情のご意見が自分の中で増えていくことです。感情をあらわす語彙をたくさん知れば知るほど、自分の感情に気づきやすくなっていきます。そして、そのまま感情を認めてあげることで、自己肯定感は高まっていきます。

最後に、ではなぜそのような感情をもつにいたったのかを考えてみます。人は思考の癖があって、同じような思考回路、同じような感情反応をしてしまいます。そして、その凝り固まった思考回路や感情反応がネガティブなせいで、生きづらさを感じている人はたくさんいます。

このように自分自身の思考回路や感情反応に気づくことで、ポジティブな物の見方・考え方を身につけるきっかけになっていくのです。

ぜひ、皆さんも習慣にしてみてください。


人生はなるべくしてなるよう展開している。






2015年4月1日水曜日

自分の気持ちがわからない人の心理 ~自分の心の声に耳を傾ける~

自分の気持ちを表現できない人がいる。

深い話ができない、心のやりとりができない。本当にわかりあえる人がいない。

なぜ、そうなってしまうのか。

端的に言えば、それは「自分がない人」たち。自分の気持ちを表現できないのではなく、そもそも自分というものがない。それは「自分=他者」だから。

人の気持ちをくみ取ることが自分の原動力になってしまうから、自分を形成することができない。自分が育ってこない。だから、何かの議題に対する意見は言えても、自分の心や感情を表現することはできない。なぜなら、「自分=他者」だから。

「自分」はいつも二の次。「他者」が最初。自分の気持ちを押し殺して、「他者」に貢献しよう、好かれようとするから、どんどん「自分」は忘れ去られていく。気づいた時には、自分がどこにいるのか、本当の自分は何者か、何をやりたくて何をやりたくないのかがわからなくなっている。

自分の気持ちがわからない人とは、生きづらさを抱えている人たちのことなのだ。



■自分の気持ちがわからなくなる背景には「自信のなさ」が存在する


自分の気持ちがわからなくなる、表現できない、口にすることが憚られる人は自分に自信がない人が多い。「こんなこと言ったら馬鹿にされるのではないか、嫌われるのではないか」、「こんなことしたら怒られるのではないか」といった心の声が、本人が認識していてもいなくても、心の底で渦巻いている。

要は自分がどこか嫌いなのだ。

どこかで自分を責め、自分を憎み、敵意を抱いている。

こんな自分だから、誰かに尽くすことで認めてもらいたいというのが彼らの原動力になっている。八方美人という言葉があるが、それは彼らのことを指している。人にいい顔をすることで、気に入られようとする。本心は見せずに、相手にあわせた行動をする。



■自信のない人は、「いい人」に見えて、本当は敵意を抱えている


自分を成りたたせるために、他者に尽くすということは非常にエネルギーを要する。いつも他人の顔色をうかがい、アンテナを高く張りつめている。結婚していても、そういう人には心の休まる時間がない。だから、疲れやすい。でも、誰かに何かをしていなくては不安で、エネルギーが尽きるまでにせっせと行動している。

そういう人はたいてい「いい人」だ。配慮があって、優しい、みんなから好かれている。でも、心の中には敵意と憎しみが渦巻いている。

彼らは「いい人」を「演じる」ことで、他者からの見返りを求めてる。称賛されたり、褒められたり、いつも自分を認めてもらいたいという欲求に駆られている。称賛されていたり、褒められていたりしているうちは彼らの心は満たされるが、それがなくなると途端に欲求不満になる。「わたしはこんなに頑張っているのに」、「わたしは自分をここまで犠牲しているのになんでわかってくれないの」といった心の声が湧き出て、それは敵意や憎しみに変わっていくのだ。



■それでも敵意や憎しみは押し殺され、声になることはない


自分を押し殺すというのは日本人の美徳のように感じられるかもしれないが、それは精神衛生上、あるいは心的発達という観点からすれば害悪でしかない。

押し殺した自分の感情は敵意や憎しみに変わる。それでも、相手に嫌われたくない、認められたいという欲求が強くて、敵意や憎しみさえも声に出すことができない人もいる。だから、その心の声は内側に向く。自分を責めるからますます自分を責める、ますます自信がなくなる、こうしたスパイラルから抜け出せなくなる。

感情はカタルシス。自浄作用だ。吐き出さなければ、自分が綺麗になることはない。悪意や憎悪にまみれていってしまう。

「いい人」の多くは、外見からはわからないが、心の底で敵意や憎悪に満ちているのだ。



■「いい人」を演じているうちは、心から好かれることもない


「いい人」は一見、誰からも好かれる人のようにみられることが多い。それは事実だろう。しかし、質的にみれば表面的に好かれているだけだ。「いい人」は自分を見せない。だから、本当の意味での人間的な魅力を感じることができない。

むしろ、そういう人たちは騙されてしまうことも多い。相手に認められようとするあまり、相手の善悪を判断する能力が養われていない。甘い言葉を言ってくれる人は「大好き」となってしまうから、簡単に騙されてしまう。逆に、彼らを思って厳しいことを言ってくれる人のことは「こんなに頑張っている自分を批判してくる嫌な奴」となってしまう。だから、一向に自分が成長していくことはない。

彼らを取り巻いているのは、表面的でうわべだけの付き合いだ。でも、取り巻きが多いことで癒されているような気になっている。パーティーや乱痴気騒ぎの好きな人はこうして自分を慰めている人が多い。でも、そこに心のやりとりはいっさいない。



■心のやり取りができないから親密な関係にある人が離れていく


友人や同僚との関係性においては、表面的でうわべだけの付き合いでも許されるかもしれないが、恋人やパートナーとなるとそうはいかない。一緒に生活をともにしていこうとすれば、ライフイベントのどこかで重要な意思決定をしていく必要が必ずでてくる。

そうした時に彼らは自分の意見を言うことができない。お互いの意見を言って妥協するという建設的な人間関係を構築するプロセスを踏むこともできないし、もう一方が何かしらの意思決定をすることになる。

そこで何が起こるか。彼らは心の底で「不満」を抱いてる。意見を言わないと決めたのは自分なのに、相手が決めた意思決定や方向性に心から納得できないのである。そうした不満を隠し通せる人もいれば、隠しきれない人もいる。

一番やっかいなのは、隠しきれない人が不満を行動であらわしたりすることた。急に態度を硬化させる相手が何を考えていて、なぜ、そうした態度を取るのかもわからない。聞いても彼らの口からそれが表現されることはない。何となく相手にとってみれば、「心のやり取りができない人」、「急に態度を硬化させるヒステリー」のように見えてしまう。

結局は、最初は何とか理解しようと思っていた「心ある」人が彼らから去っていく。



■心の負債は取り返しのつかない事態を招く


心の負債は徐々に彼らの心をむしばみ、人間関係をむしばみ、なぜかわからないけど物事がうまく進まなくなってしまう。こうなると何が何だか余計にわからなくなってしまう。「自分はこんなに頑張っているのに」という気持ちも果てには弱くなり、未来に希望が見いだせなくなるのだ。

この先にどういう事態が待っているのかは、言及はしないでおこう。皆さんもうすうす感じていることだろう。

心の負債はすべてを八方ふさがりに追い込んでしまう爆弾であることを理解してほしい。そして、抱えた負債は複利で大きなり、気づいた時には返済不能となってしまう。




■そのままの自分を認めてあげあること


これまでの研究によると、彼らは「無償の愛」を受けたことがないなどと言われる。ありのままの彼らを愛してくれる人がいなかったのだ。我慢をすることでしか愛されなかった過去がある。

そして、この呪縛から抜け出すためには、自分自身がまず自分を認めてあげることだ。自分の心を聞いてあげること。そのままの自分を自分が好きになってあげること。

大人になって「無償の愛」を求めることはほとんど不可能だ。可能だとすれば、心あるパートナーに頼るしかいないだろう。だからこそ、自分が自分をほめてあげる、認めてあげる、好きになってあげることが必要なのだ。

「こんなに生きづらい人生をよく頑張って生きてきたね」、「今日も一日お疲れ様!よく頑張ったね」、と自分に声をかけてほしい。



■少しずつでも心の声を発信していく


いきなり自分の気持ちを他者に言えないという人は、「出さない手紙」を書くことをおススメしている。日記でもいいだろう。まずは、自分の心の声を素直に書いて、自分自身を再発見する必要性がある。自分を再発見することができなければ、いつまでたっても「自分=他者」になってしまうのだから。

注意してもらいたいのは、自分が感じたくない感情も出てくるかもしれない。その時に、それをありのまま認めてほしいということだ。「いい人」は敵意や憎しみといった心の負債が渦巻いている、それでもそれが自分であるということを認め、それを自分が受け止めてあげること。そこからがスタートになる。

そして、自分を再発見できら、自分の気持ちや感情を少しずつ発信していく。怖がることはない、もし、自分の気持ちを発信して聞いてくれない、あるいは、馬鹿にするような人がいたら、そういう人たちはもともとつき合う必要のない人たちだからだ。自分の心の声に耳を傾けてくれる人と付き合うこと。時に、耳に痛いことを言ってくれる人を信頼すること。

そうすることで必ず道は開ける。




自分を嫌いになる人は、他者も嫌いである。

自分を許せない人は、他者も許せない。

自分を愛せない人は、誰も愛せない。


まずは、自分が自分を認め、好きになってあげること。





思想を体現する。

2014年1月1日水曜日

不安と生きるか。理想に死ぬか。〜明けましたね〜

いやー、2013年ももう終わりですね。

今年は、up and down の繰り返しでした。自分の強みを確立した年でもあり、改めて自分自身の弱点を再発見できた年でもありました。

このBlog自体が人材開発とか組織開発を主軸に書いたりしているのでちょっと今年のまとめをしておきたいと思います。


■マネジメントってやっぱり思想の違いがある
昨年10月から新しい会社でリーダーをはらせてもらっているのですが、やっぱり属する組織によってマネジメントの思想が違うと改めて思いました。商品の強い組織では、商品力で勝負をかけていくために商品の品質を強くマネジメントする、逆に商品の弱い組織で営業力で勝負をしなければならないとなったら、細かく営業活動自体を見なければならない。ミンツバーグが言うように、マネジメントはサイエンスとクラフト、アートが3本柱であるという実感知とともに、サイエンスとクラフトの重要性を再認識できた年でした。

■これまでの”マネジメント”にメスを入れる
上記のマネジメントは”これまでのマネジメント”の勉強の機会になりましたが、これからは”これまでの管理する”マネジメントという認識を変えなければならないと思います。まだまだ、僕自身の推測の域、またはゲイリー・ハメルといったような学者が書いていることだけの参考による予測でしかありませんが、今後は”情熱を促す”マネジメントが求められているような気がします。ソーシャルメディアが浸透し、透明な組織運営が求められている時代、または、正解のない時代においては管理する、というよりは崇高な目的に基づく情熱を促すマネジメントが必要な気がするのです。来年は実験をとおして、実践していきたいと思います。

■効率経営か理想経営か
この問題は一概にどっちがいいとは言えない問題なんだけど、個人的には非常にこの問題に悩んだ1年でした。効率経営で好決算、人の機械化か、理想経営でふつーの決算、人の成長か。人材開発に携わる人間としては、やはり後者を追っていきたいですね。前者は短期的には好決算かもしれませんが、長期的には人は育っていませんから、僕としては理想経営の方を実践していきたいな、と。

■志教育
夏場、すごくスランプに陥った時に読んでいたのが、明治維新を牽引する人材を育てた吉田松陰先生の本でした。師は特に人間教育、志教育を重視しており、何かテクニカルなことを教えていた訳ではありません。国を欧米列強から守るため、という大義があり、それを為すために為すべき事をするということでした。上記とも重なることですが、やはり正解がない時代、あるいはテクノロジーがこれまでにないほど発達した時代には情熱や志が大きな支えになると考えています。

■ワーク・シフト
未来がどのような時代になるかを予測する上で、非常に良書でした。エネルギー問題、人口問題、テクノロジーの発達に伴って、人々は時間に追われ、専門技能を磨く時間が取れず、リアルなコミュニティの消滅によってアイデンティティを喪失していく、そして小規模組織が増え、少数の大規模組織が残るという時代も僕にはいい示唆をもらいました。

と、こんな感じでいろいろ学ばせてもらった訳ですが、今年は更にチャレンジングな年にしたいと思います。今年、ようやく(?)結婚した訳ですが、妻は年明けからロンドンで1年仕事になります。

2014年はひたすら仕事の年に。

思想を体現する。

人生を決めているもの。住宅と街並みとぼくの視線から考える人生論。

  家づくりを検討しはじめて約2ヶ月。あれだけ回避していたローンのリスクを受け入れて、家を建てることに決めた。日本の一戸建ての寿命が30年のところ、90年もつ家を建てることを知ったのが大きなきっかけだった。90年もてば3歳の息子も死ぬまで住むことができるだろう。それならローンを組...