2015年4月1日水曜日

自分の気持ちがわからない人の心理 ~自分の心の声に耳を傾ける~

自分の気持ちを表現できない人がいる。

深い話ができない、心のやりとりができない。本当にわかりあえる人がいない。

なぜ、そうなってしまうのか。

端的に言えば、それは「自分がない人」たち。自分の気持ちを表現できないのではなく、そもそも自分というものがない。それは「自分=他者」だから。

人の気持ちをくみ取ることが自分の原動力になってしまうから、自分を形成することができない。自分が育ってこない。だから、何かの議題に対する意見は言えても、自分の心や感情を表現することはできない。なぜなら、「自分=他者」だから。

「自分」はいつも二の次。「他者」が最初。自分の気持ちを押し殺して、「他者」に貢献しよう、好かれようとするから、どんどん「自分」は忘れ去られていく。気づいた時には、自分がどこにいるのか、本当の自分は何者か、何をやりたくて何をやりたくないのかがわからなくなっている。

自分の気持ちがわからない人とは、生きづらさを抱えている人たちのことなのだ。



■自分の気持ちがわからなくなる背景には「自信のなさ」が存在する


自分の気持ちがわからなくなる、表現できない、口にすることが憚られる人は自分に自信がない人が多い。「こんなこと言ったら馬鹿にされるのではないか、嫌われるのではないか」、「こんなことしたら怒られるのではないか」といった心の声が、本人が認識していてもいなくても、心の底で渦巻いている。

要は自分がどこか嫌いなのだ。

どこかで自分を責め、自分を憎み、敵意を抱いている。

こんな自分だから、誰かに尽くすことで認めてもらいたいというのが彼らの原動力になっている。八方美人という言葉があるが、それは彼らのことを指している。人にいい顔をすることで、気に入られようとする。本心は見せずに、相手にあわせた行動をする。



■自信のない人は、「いい人」に見えて、本当は敵意を抱えている


自分を成りたたせるために、他者に尽くすということは非常にエネルギーを要する。いつも他人の顔色をうかがい、アンテナを高く張りつめている。結婚していても、そういう人には心の休まる時間がない。だから、疲れやすい。でも、誰かに何かをしていなくては不安で、エネルギーが尽きるまでにせっせと行動している。

そういう人はたいてい「いい人」だ。配慮があって、優しい、みんなから好かれている。でも、心の中には敵意と憎しみが渦巻いている。

彼らは「いい人」を「演じる」ことで、他者からの見返りを求めてる。称賛されたり、褒められたり、いつも自分を認めてもらいたいという欲求に駆られている。称賛されていたり、褒められていたりしているうちは彼らの心は満たされるが、それがなくなると途端に欲求不満になる。「わたしはこんなに頑張っているのに」、「わたしは自分をここまで犠牲しているのになんでわかってくれないの」といった心の声が湧き出て、それは敵意や憎しみに変わっていくのだ。



■それでも敵意や憎しみは押し殺され、声になることはない


自分を押し殺すというのは日本人の美徳のように感じられるかもしれないが、それは精神衛生上、あるいは心的発達という観点からすれば害悪でしかない。

押し殺した自分の感情は敵意や憎しみに変わる。それでも、相手に嫌われたくない、認められたいという欲求が強くて、敵意や憎しみさえも声に出すことができない人もいる。だから、その心の声は内側に向く。自分を責めるからますます自分を責める、ますます自信がなくなる、こうしたスパイラルから抜け出せなくなる。

感情はカタルシス。自浄作用だ。吐き出さなければ、自分が綺麗になることはない。悪意や憎悪にまみれていってしまう。

「いい人」の多くは、外見からはわからないが、心の底で敵意や憎悪に満ちているのだ。



■「いい人」を演じているうちは、心から好かれることもない


「いい人」は一見、誰からも好かれる人のようにみられることが多い。それは事実だろう。しかし、質的にみれば表面的に好かれているだけだ。「いい人」は自分を見せない。だから、本当の意味での人間的な魅力を感じることができない。

むしろ、そういう人たちは騙されてしまうことも多い。相手に認められようとするあまり、相手の善悪を判断する能力が養われていない。甘い言葉を言ってくれる人は「大好き」となってしまうから、簡単に騙されてしまう。逆に、彼らを思って厳しいことを言ってくれる人のことは「こんなに頑張っている自分を批判してくる嫌な奴」となってしまう。だから、一向に自分が成長していくことはない。

彼らを取り巻いているのは、表面的でうわべだけの付き合いだ。でも、取り巻きが多いことで癒されているような気になっている。パーティーや乱痴気騒ぎの好きな人はこうして自分を慰めている人が多い。でも、そこに心のやりとりはいっさいない。



■心のやり取りができないから親密な関係にある人が離れていく


友人や同僚との関係性においては、表面的でうわべだけの付き合いでも許されるかもしれないが、恋人やパートナーとなるとそうはいかない。一緒に生活をともにしていこうとすれば、ライフイベントのどこかで重要な意思決定をしていく必要が必ずでてくる。

そうした時に彼らは自分の意見を言うことができない。お互いの意見を言って妥協するという建設的な人間関係を構築するプロセスを踏むこともできないし、もう一方が何かしらの意思決定をすることになる。

そこで何が起こるか。彼らは心の底で「不満」を抱いてる。意見を言わないと決めたのは自分なのに、相手が決めた意思決定や方向性に心から納得できないのである。そうした不満を隠し通せる人もいれば、隠しきれない人もいる。

一番やっかいなのは、隠しきれない人が不満を行動であらわしたりすることた。急に態度を硬化させる相手が何を考えていて、なぜ、そうした態度を取るのかもわからない。聞いても彼らの口からそれが表現されることはない。何となく相手にとってみれば、「心のやり取りができない人」、「急に態度を硬化させるヒステリー」のように見えてしまう。

結局は、最初は何とか理解しようと思っていた「心ある」人が彼らから去っていく。



■心の負債は取り返しのつかない事態を招く


心の負債は徐々に彼らの心をむしばみ、人間関係をむしばみ、なぜかわからないけど物事がうまく進まなくなってしまう。こうなると何が何だか余計にわからなくなってしまう。「自分はこんなに頑張っているのに」という気持ちも果てには弱くなり、未来に希望が見いだせなくなるのだ。

この先にどういう事態が待っているのかは、言及はしないでおこう。皆さんもうすうす感じていることだろう。

心の負債はすべてを八方ふさがりに追い込んでしまう爆弾であることを理解してほしい。そして、抱えた負債は複利で大きなり、気づいた時には返済不能となってしまう。




■そのままの自分を認めてあげあること


これまでの研究によると、彼らは「無償の愛」を受けたことがないなどと言われる。ありのままの彼らを愛してくれる人がいなかったのだ。我慢をすることでしか愛されなかった過去がある。

そして、この呪縛から抜け出すためには、自分自身がまず自分を認めてあげることだ。自分の心を聞いてあげること。そのままの自分を自分が好きになってあげること。

大人になって「無償の愛」を求めることはほとんど不可能だ。可能だとすれば、心あるパートナーに頼るしかいないだろう。だからこそ、自分が自分をほめてあげる、認めてあげる、好きになってあげることが必要なのだ。

「こんなに生きづらい人生をよく頑張って生きてきたね」、「今日も一日お疲れ様!よく頑張ったね」、と自分に声をかけてほしい。



■少しずつでも心の声を発信していく


いきなり自分の気持ちを他者に言えないという人は、「出さない手紙」を書くことをおススメしている。日記でもいいだろう。まずは、自分の心の声を素直に書いて、自分自身を再発見する必要性がある。自分を再発見することができなければ、いつまでたっても「自分=他者」になってしまうのだから。

注意してもらいたいのは、自分が感じたくない感情も出てくるかもしれない。その時に、それをありのまま認めてほしいということだ。「いい人」は敵意や憎しみといった心の負債が渦巻いている、それでもそれが自分であるということを認め、それを自分が受け止めてあげること。そこからがスタートになる。

そして、自分を再発見できら、自分の気持ちや感情を少しずつ発信していく。怖がることはない、もし、自分の気持ちを発信して聞いてくれない、あるいは、馬鹿にするような人がいたら、そういう人たちはもともとつき合う必要のない人たちだからだ。自分の心の声に耳を傾けてくれる人と付き合うこと。時に、耳に痛いことを言ってくれる人を信頼すること。

そうすることで必ず道は開ける。




自分を嫌いになる人は、他者も嫌いである。

自分を許せない人は、他者も許せない。

自分を愛せない人は、誰も愛せない。


まずは、自分が自分を認め、好きになってあげること。





思想を体現する。

2015年3月19日木曜日

信念とバカのあいだ。愛着障害を超えて。

強すぎる信念をもつことは、一方で周りから見るとバカに思えるということ。

誰かしら信じていることは持っていると思うのだけど、これに「念」がはいるとまた一段と力は強まります。




僕の信念は、「人は変わることができる」ということです。どんなに辛い環境でも、どんなに年をとっても、変わる必要さえなくても、どんなに重い罪を犯しても、「環境」が変われば人は変わっていけるということ。

そんな僕にとっては明るい信念、希望でも、人は変わらない、変わりきれない、変えようと思うと反発する、という人もいる。そして、どうしようもない相手を切り捨てていく。

これって本当に僕は悲しいと思うんですよ。

人の行動や心理ってゆーのは、もう幼少期に確立されてしまう。最近は、川崎や名古屋での殺人で「愛着障害」が取り上げられました。

生まれた環境によって、人が高い自信を持てるかどうかは左右されてしまうんですから。

愛着障害は、子供の頃、伸び伸びと愛されて育つことができなかった人たちです。親がいなくてさみしい想いをしたり、虐待を受けたり、逆に過干渉な親に育てられてしまった人たちです。

川崎、名古屋の加害者は実はもともとは「愛されなかった」という被害者だったんですね。悪いことをしてしまう人はたいていの場合、根底に自己無価値感を抱えてる。それは、「よく愛されなかった」という愛情飢餓感からきている。本当は1番愛に飢えているさみしい人なんです。

こういう背景に僕は思いを馳せる。

だから僕はどんなに人が怖くても、人に裏切られても、言うことを聞かなくても、話さえ理解してもらえなくても、きっと人を信じて支援していくのでしょう。

きっと、人間不信の人からしたら僕はバカでしょう。なぜ、自分が傷つくことも覚悟でダメ人間に寄り添うのか、と。

でもね、人を信じれなかったら何を信じるんですか?

モノ、技術、情報?

全部感じ取るのはあなた自身。

人間ですよ。



信念とバカのあいだ。


愛着障害を超えていく。



思想を体現する。

2015年3月14日土曜日

日本の若者は他国と比べて自信喪失している? 〜各種調査結果から〜

ここ最近、生きづらさを抱える愛着障害について調べてきました。そこでわかってきたことは、愛着障害を抱える人は同時に自分に自信がないということです。

充分な愛着を築けなかった人は、根底に人間不信、自己不信が存在しているのですが、その自己不信を助長するのが学校教育、あるいは学校生活であるということがわかってきました。

さまざまな調査結果をもとに検証していきたいと思います。




◼︎日本青少年研究所の日米中三カ国の高校生意識調査(2002年)

「私は他の人に劣らず価値ある人間である 」という項目で

「よく当てはまる 」 「まあ当てはまる 」と回答した比率は 、

日本 37.6 %
米国 89.3 %
中国 96.4 %

逆に 、 「自分はダメな人間だと思うことがある 」という項目で 「当てはまる 」を選択した比率は 、

日本73.0 %
米国48.3 %
中国36.9 %



◼︎日本青少年研究所の日米中韓四カ国の高校生の意識調査(2003年) 

「全体としてみれば 、私は自分に満足している 」という項目で 、

「まったくそう思う 」と 「まあそう思う 」と答えた割合は 、

日本 約36 %(最低)
米国 約83 %(最高)



◼︎『自信力はどう育つか』朝日新聞社 (2003年)

慶応大学の河地和子氏は日本、アメリカ、スウェーデン、中国の14、5歳の男女約4000人におこなった調査結果を報告している。ここでも、日本の子どもたちの自信が低いという結果がでている。

「自分に積極的な評価をしている」という項目に「そう思う」と回答をした比率は、

日本 40 %
中国約 94 %、
スウェーデン 83 %
アメリカ 78 %

「私は自分を誇れるものがない」という項目に「そう思わない」と否定的回答をした比率は、

日本44 %
他国 70 %



◼︎OECDの高校一年生を対象にした学習到達度調査(2003年)

読解力は40カ国中14位で上位第二グループ、
科学的リテラシーは同点トップ、
問題解決能力は4位。

ところが、「学校は決断する自信をつけてくれた」という項目に肯定的な回答をした者の比率は、

40カ国の平均が70%なのに対して、日本の子どもはわずかに52%だった。

(国立教育政策研究所編 『生きるための知識と技能――OECD生徒の学習到達度調査(PIS)』 2004年)



このように調査結果から、日本の若者の自己肯定感や自己価値感が低いことがわかります。その理由は、学校の画一化への服従を求めること、生徒が学習したいことではなく学習指導要領に沿って進められること、競争を強いられることなどが考えられます。

人の充実度や幸福度を高めるためには学校教育の構造にもメスを入れていく必要性がありそうです。


思想を体現する。

2015年2月27日金曜日

愛着理論とは何か? ~育児における感情的な結びつきの重要性~

■愛着理論とは?


愛着理論は、特に長期間にわたる関係性や絆にフォーカスしている。たとえば、親と子の関係や配偶者などパートナーなどだ。英国の心理学者ジョン・ボウルディがはじめて提唱した。彼は、愛着を”人間のあいだに横たわる永続する心理的結びつき”だとした。

ボウルディは、母親から子供が離されたときに感じる不安や苦痛に興味があったり、当時の行動主義の学者は愛着は食事を与えることで生まれるものであると考えていたが、結局は、食事を与えることだけでは不安はなくならなかった。心理的な結びつきが重要だったのだ。




■愛着とは?


愛着とは何か?愛着は他者との感情的な結びつき・絆のことである。

ボウルディは、生まれた直後に介護者と結ばれた結びつき・絆は人生を通じて大きな影響を与えることを発見した。そして、愛着は子どもが母親に近づくことで生存率も高まるのだと考えられるようになった。


■愛着の4つのスタイル


その後、ボウルディの研究を基礎としてエインズワースは、大きく3つの愛着スタイルが存在するとした:安定型、抵抗/両価型、回避型だ。その後、メーンとソロモン(1986)によって、「混乱型」が加えられた。

エインズワースの研究は多くの学者に引き継がれることになった。


■愛着の形成段階とそれを促すもの


シャファーとエマソン(1964)は多くの愛着関係を分析し、愛着には4つの段階があるとした。①前愛着(生後3か月まで)、②愛着形成(生後7か月まで)、③明確な愛着(生後7~11か月)、④多様な愛着(生後9か月以降)である。

このプロセスは直線的に形成されるとは限らず、いつどのように愛着が形成されるかには多くの要因が関係している。

そのひとつは、愛着に触れる機会があるかどうかだ。孤児院で育てられたような、母親に触れられていない子供は信頼感をおぼえることはない。

母親がすぐに、安定的に応答してくれたとき、頼ってもいい人がいるということを子どもは悟るのだ。そして、それが愛着形成の基盤になる。


母親がそばにいること、そして、母親が安定的にすぐに応答してくれるということは愛着形成には欠かせないのである。



思想を体現する。


【参照元】
What is Attachment Theory ? The Importance of Early Emotional Bonds
http://psychology.about.com/od/loveandattraction/a/attachment01.htm

2015年2月25日水曜日

愛着障害を乗り越えて。 ~安全基地( Secure Basement )~

■第三者が愛着修復のカギ

愛着障害を乗り越えていくためには、第三者のかかわりが不可欠だ。その第三者が、親がこれまでにしてくれなかったことを、一時的に、場合によっては数年単位、一生つきあうつもりで肩代わりすることが求められる。

そうして、傷ついた愛着を少しずつ修復し、安定型の愛着を持てるようになるのだ。




■安全基地という概念

そして、その第3者、特に相手のパートナーがとるべき役割として重要なのが、安全基地(Secure Base)という概念だ。

安全基地とは、いざとなったら頼ることができ、守ってもらえる居場所だ。そして、外の世界を探索するためのベースキャンプでもある。


安全基地(Secure Base)は帰りたくなったら戻れる場所だが、いつもそこに縛られる必要はない。良い安全基地になるためには、本人自身の主体性が尊重され、彼らの求めや必要などにこたえるというスタンスが基本なのである。

安全基地は彼らが傷つくことを守り抜くためのものではない。

むしろ、安全基地(Secure Base)は、本人が望めば、傷つく可能性があっても自由にさせ、傷つき戻ったときに受容するという態度である。あくまでも、彼ら自身の主体性を尊重するということだ。

安全基地が持てない障害といえる愛着障害を克服するためには安全基地がぜひとも必要なのだ。


■絶え間ない愛情を注ぐこと

幸いにも、安定した愛着の持ち主に出会い、変わらぬ関心と愛情を注ぎ続けられた人は、徐々に愛着の傷が修復される。愛着障害を克服する最大のポイントは、安定した愛着により、変わらない愛情を注ぎ続けられるということなのだ。

支える側はこれまで述べたことを意識して向き合うこと。


■よい安全基地の条件

よい安全基地の条件は4つある。①安全感の保証、②感受性、③応答性、④安定性である。支える側は、とにかく相手が安心を感じられる場所でいよう。そして、相手の心の機微をよみとり、求められたらすぐに手を差し伸べられるようにしよう。そして、最後に、傷が癒えるまで安定的に支え続けよう。



この数日間、愛着障害を考えてきました。おそらく、結婚生活、仕事、友人との関係という人を取り巻く3大要素の中で、この問題は大いにかかわっていると思います。その問題は、そうたやすくは修復できない。そして、その原因の発端は生後、1年半のうちに形成されるもの。引き続き注目していこう。




思想を体現する。

2015年2月24日火曜日

人から離れたい、人が疎ましい人。 ~回避型の愛着障害~

■回避型愛着障害が少子化につながる

愛着障害の”回避型”は、不安が強いとか人を求めすぎるというよりは、親密な信頼関係や持続的な責任避ける傾向が強い。

だから、結婚とか子供をもうけるといったことに尻込みしてしまう。これは、生物学的な営みに影響を与えるという意味で、少子化にも通じるところだと思う。




■愛する、愛されることを回避する

愛着障害の”回避型”の人は、周囲の人間からよそよそしく映る、そして、冷たい。うまく愛されなかったことが心の傷となり、では、愛されること、親密になることを避けてしまおうというのが、”回避型”になってしまう背景だ。

他人は当てにならないと思っている傾向が強いのもそのせいだ。


だから、問題やトラブルが起きてもひとりで抱え込んでしまい、人に相談したりしようとしない。でも、愛着障害の”回避型”の人も強いわけではない、結局、その状況や問題そのものから逃げてしまおうという結論になってしまうのだ。そして、ひとりで心を閉ざし、建設的な問題解決に取り組めない。

情緒的な面をおさえることは強みになることもある。実際、”回避型”は悩みがあっても仕事や趣味に集中することができる。だから、情緒的な問題がからまないことのほうが向いている。


■感情を抑えるから自己開示ができない

これだけ自分の感情に抑圧しているため、もちろん自己開示や感情表現が苦手である。

愛着障害の”回避型”の人は、「自分の気持ちを言ってみて」「自分が感じたことを話しなさい」と言われると、とたんに言葉を失ってしまう。自分の感情さえわからなくなっているケースも多い。

親からの共感的な応答が不足した状態で育ってしまったということがそれに起因している。

実際、それは”回避型”の人にも影響を与えている。”回避型”の人は実は他者の感情をただしく読み取り、それに共感をおぼえて認めるという力が弱い。それは、親が自分自身の気持ちを共感的に映し出してくれなかったことによって、感情というものを学ぶ機会が失われてしまったから。


■自分が無力であることを学習する

人は傷ついた状況を回避する修正をもつということを忘れてはならない。マーティン・セリグマンが言った「学習性無力感」も同じだ。傷つけば傷つくほど、その人は失敗を恐れ、自分から愛を求めるようなことはしなくなる。

これは少子化を代表とした社会の問題に直結すると思うのである。




思想を体現する。

2015年2月19日木曜日

人から好かれたい、人が怖い人。 〜不安型の愛着障害〜

■人を過剰に求めてしまう人

愛着障害の”不安型”は、誰かの支援や支えを必要としたときに、それを過剰に求めてしまう。ずっとそばにいてれたり、話をしてくれないと不安でたまらなくなる。

その理由は、”不安型”の人は、ネガティブな記憶が過剰に思い出される一方で、ポジティブな記憶がなかなか活性化しないことによる。




■要らなくなったら急に敵意をむきだす

また、”不安型”の人はパートナーからの支えが必要としているうちは怒りが抑圧されるが、必要としなくなった途端、怒りが爆発するという傾向がある。嫌われることが怖くなくなったから、急激に敵意が生じるのだ。

なぜなら、純粋に相手を求めていたのではなく、自分を守るためだったからだ。


■仕事の質や成果よりも人からの評判重視

仕事においても”不安型”の人は愛着に関連した行動をとる。仕事上で大きな成果をあげたか、とか、貢献できたかという視点よりも、いかに周りから必要とされるか、あるいは拒否されるかといった対人関係上の問題に焦点があたりがちだ。

肝心な仕事自体がおろそかになることもある。


■人の感情に過敏な”不安型”愛着障害

愛着障害の”不安型”の人の関心は何においても、人間関係なのである。社会との関係が途切れてしまう死に対する恐れがおおきいし、相手の表情に対しても非常に敏感だ。

自分が愛されているか、嫌われていないかをしきりに気にしてしまうのだ。それだけに日常生活でエネルギーを必要とする。


■嫌われたくないから逆らわない

”不安型”の人の関心が人間関係なだけに、人に逆らえないということもよく起きる。八方美人がその典型だと思う。彼らは、ちゃんと空気を読み、決して場を濁すことは言わないし、怒ったり、逆らうこともない。だからこそうまく使われてしまう。だから、余計にストレスがたまってしまう。


■人に好かれたいから、人が嫌いというジレンマ

そんな”不安型”の愛着障害の驚くべき特性は、他者を求めている一方、不安をかきたてるもの、うっとおしいものとも思っていて、アンビバレントな心境と絶えず同居しなければならない。

人が大切だからこそ、それに囚われてしまっているのだ。結局心のモヤモヤはなくなることはない。

恋人と離れたくても離れられない人。

そういう人は、特に、人が好きでもあり、嫌いでもあるという両価的な葛藤・ジレンマに悩まされている。


■あなた自身があなたを認めてあげること

重要なのは、まずは自分で自分を認めてあげること。寝る前に、「今日も頑張ったね。お疲れさま。」と声をかけてあげること。自分をいたわること。



思想を体現する。

人生を決めているもの。住宅と街並みとぼくの視線から考える人生論。

  家づくりを検討しはじめて約2ヶ月。あれだけ回避していたローンのリスクを受け入れて、家を建てることに決めた。日本の一戸建ての寿命が30年のところ、90年もつ家を建てることを知ったのが大きなきっかけだった。90年もてば3歳の息子も死ぬまで住むことができるだろう。それならローンを組...